長野地方裁判所 平成5年(行ウ)11号 判決
原告
加藤安敏
被告
(楢川村長) 百瀬康
右訴訟代理人弁護士
永田恒治
事実及び理由
第二 事案の概要
〔中略〕
一 争いのない事実
1 原告は、楢川村の住民である。
2 被告は、楢川村村長として、平成四年一〇月一日付で、楢川村職員三名に対し、振興センターに出向させる旨の職務命令(以下「本件出向命令」という。)を行った。
3 被告は、楢川村村長として、平成四年一〇月から平成五年三月まで、振興センターの職務に従事した右楢川村職員三名に対し、給与合計八八八万一〇〇〇円を支払う旨の支出決定(以下「本件給与支給決定」という。)を行い、同額の給与が支出された。
4 被告は、楢川村村長として、平成五年三月四日、振興センターに対する補助金八八八万一〇〇〇円の支出(以下「本件補助金交付」という。)及び振興センターからの同額の負担金雑収入(以下「本件返還金」という。)を含む平成四年度一般会計補正予算(以下「本件予算」という。)について楢川村議会の議決を得た。
5 被告は、楢川村村長として、平成五年三月一八日、楢川村産業振興事業補助金交付要綱の一部を改正し(以下、改正後の右要綱を「新要綱」という。)、補助対象経費に振興センターの職員のうち村長の認める者に係る人件費を加え、その補助率を全額とする旨の規定を設けた。
6 振興センターは、平成五年三月三一日、楢川村に対し、本件返還金を支払う一方、楢川村は、同日、振興センターに対し、楢川村村長としての被告の支出命令に基づき、本件補助金を交付した。
7 原告は、平成五年一〇月一二日、楢川村監査委員に対し、被告が新要綱の公布前に本件補助金交付を予算化したのは違法であるとして措置請求をしたが、同年一二月九日、同監査委員は、右請求は理由がない旨原告に通知した。
〔中略〕
第三 争点に対する判断
一 争点1(二重起訴)について
1 原告が、長野地方裁判所平成五年(行ウ)第一号損害賠償請求事件として、本件給与支給決定について住民訴訟を提起したことは明らかである(甲一〇)。
原告は、右訴訟中に本件補助金交付について、争点2と同様の理由によりこれが違法であることを準備書面(乙一)で主張した。
2 しかしながら、原告が右訴訟において乙一により訴えの変更をしたとは認められないばかりか、右事件の判決は、本件給与支給決定と本件補助金交付は別個の財務会計行為であり、同一性を有しないから、本件補助金交付の違法性は別個の監査請求を経たうえで別訴を提起して争うほかないものとして、原告の違法事由の追加主張を認めなかったものである(甲六)。
原告は、右事件の判決の判示に従って、まさに別個の措置請求を経たうえで右事件とは別訴の関係に立つ本訴を提起したものと認められる。
3 したがって、右事件の判決は、本件補助金交付の違法性については何ら実質的判断を加えていないのであるから、この点についても訴訟物となっていたことを前提とする被告の主張は失当である。
二 争点2(要綱改正と予算化の時期)について
1 新要綱への改正前の楢川村産業振興事業補助金交付要綱には、振興センターへの補助金交付が定められておらず(甲四。振興センターの設立時期から見ても当然である。)、本件予算の議決と新要綱への改正の時期については、前記第一の一争いのない事実4及び5のとおりである。
2 ところで、地方自治法二二二条二項は、普通地方公共団体の長等の執行機関は、その権限に属する事務に関する規則その他の規程の制定又は改正があらたに予算を伴うこととなるものであるときは、必要な予算上の措置が適格に講ぜられることとなるまでの間は、これを制定し、又は改正してはならないと定めている。右は、要するに、執行機関の専決で制定、改正できる法令上の規則及び内部規程等については、まず予算措置がなされ、その範囲内での執行が可能となるまでの間は規程等の制定、改正ができないものと定めることによって地方公共団体の財政の計画的かつ健全な運営を確保する趣旨である。なお、「必要な予算上の措置が適確に講ぜられることとなる」とは、同条一項の「見込み」と同義ではなく、予算の確定、費目流用、予備費充用等の手続きが完了し、必要経費が計上済みであることを要するものと解される。
本件楢川村産業振興事業補助金交付要綱とは、楢川村の補助金等交付規則(甲七)二一条による委任を受けたものであり、予算を伴う内部規程であることは明らかであるから、地方自治法二二二条二項によれば、本件予算が確定するまでの間は、被告がこれを改正することはできないことになる。
したがって、本件予算の議決を得た後に新要綱への改正を行った被告の措置には何ら違法な点はなく、原告主張のようにまず新要綱への改正を行うとすれば、かえって地方自治法二二二条二項違反の問題を生ずることとなるのであるから、争点2に関する原告の主張は失当である。
三 争点3(本件補助金交付の公益上の必要性)について
1 振興センターは、平成四年八月一九日、楢川村を含む木曽地域の地場産業振興を目的として、長野県、楢川村を含む一一町村、商工会議所及び業界団体等が設立者となり、右地方公共団体と商工会議所及び業界団体等が同額ずつ出捐するいわゆる第三セクター方式により設立された財団法人であり、楢川村村長が理事長を務めている〔証拠略〕。
2 また、振興センターは、長野県の「木曽地域中小企業振興対策基本計画」及び木曽広域行政事務組合の「木曽地域ふるさと市町村圏計画」並びに楢川村の「第二次楢川村総合計画」等に基づくものであり、要するに、木曽地域では木曽漆器をはじめとする伝統的木工芸品が地場産業の中心であるが、中小企業が多く、経営基盤が弱いことから、人材育成、研究開発、情報、展示、販売、体験の各機能を有し、デザイン開発、技術の高度化、需要の開妬、異業種との連携、新たな生活文化への対応等の総合的な経営環境整備拡充の側面支援を行う拠点施設として設立されたものである〔証拠略〕。
3 右のような振興センターの財団としての内容、設立の趣旨目的に加え、中小企業庁が地場産業振興対策補助金交付要綱により県が行う地場産業総合振興事業費補助事業、地場産業振興施設建設費補助事業、地場産業デザイン高度化特定事業費補助事業等に通商産業局長の補助金を交付することができることを定めている(乙六)趣旨に鑑みれば、楢川村が振興センターの建設費やその行う事業(各種調査研究、新商品及び新デザインの開発、これらの成果発表)の必要経費に対し補助金を交付すること(甲四)はもちろん、一般的な必要経費である人件費に対し補助金を交付することも地方自治法二三二条の二にいう公益上の必要がある場合に該当するものと認めるのが相当である。
四 争点4(本件補助金交付と本件給与支給決定の関係)について
1 ところで、右補助金交付につき、一般的に公益上の必要性が認められるとしても、本件においては、更に別の観点からの吟味を要するものと解される。すなわち、争点1について判断したとおり、本件補助金交付と本件給与支給決定は、被告の行った別個の財務会計行為であるが、これらが全く独立の関係に立ち、後者の違法性が前者の適法性に影響しないか否かは、形式的にではなく実質的に判断する必要性があるからである。なぜなら、形式的には別個の財務会計行為であっても、その間に実質的に密接な関連性があるとか、あるいは一方が他方の代替的行為であることは十分考えられるところ、一方の財務会計行為が手続上ではなく実体的に違法である場合に他方の財務会計行為の形式をとったというだけでその違法性が治癒されると解することは、地方公共団体の機関の違法な財務会計行為を是正することを目的とする住民訴訟の趣旨に反する結果となるからである。
2 本件給与支給決定から本件補助金交付に至る経緯は、前記第一の一争いのない事実2ないし6のとおりである。
右経緯に加え、平成五年一月四日、原告が楢川村監査委員に対し、本件給与支給が違法であるとして措置請求したこと(甲一〇)、被告は、同年三月四日、平成五年度第一回楢川村議会定例会において、本件補助金は、平成四年度の一〇月から三月までの派遣職員三名分の給料相当額であり、その金額を交付し、振興センターから同額の本件返還金を負担金として受入れて雑収入とする旨説明していること(甲二)、新要綱のうち、本件補助金交付に係る規程は、従来の楢川村産業振興事業補助金交付要綱の規程及び新要綱の他の規程のように補助対象事業を特定し、そのうちから補助対象経費を特定したうえで補助率を二分の一以内とする定め方ではなく、振興センターの特定職員の人件費全額を補助の対象とする内容であること(甲四)を併せて考慮すると、被告は、いったん本件給与支給分の返還を受けたうえ、本件給与支給決定に基づく本件給与支給に代えて同額の本件補助金交付を行ったものと認められる。
3 したがって、本件補助金交付は、原告主張のような脱法行為とまではいえないが、実質的には本件給与支給決定の違法性が本件補助金交付の適法性に影響を与える関係にあるものと解するのが相当である。
五 争点5(本件給与支給決定の適法性)について
1 本件給与支給決定の適法性を判断するには、その原因行為である非財務会計行為たる本件出向命令の適法性を検討する必要がある。
地方公共団体の職員の他団体等への派遣は、これが地方公共団体の吏員その他の職員の任用及び身分取扱に関する事項であることから、地方公務員法の定めるところにより適法になされなければならず(地方自治法一七二条四項)、地方公共団体は、地方公務員法の定める職員の服務原則に適うような任用及び身分取扱をなすべき義務を負うものと解されるところ、同法三〇条の趣旨により派遣の目的及び派遣先団体の性質が、同法三五条の趣旨により派遣方法の適否がそれぞれ問題となる。
すなわち、地方公共団体の職員派遣の目的が当該職員の能力開発等の研修目的である場合には、当該職員の能力向上がひいては地域住民に対する行政サービスの効率的な提供に資することになるから、派遣先団体の性質は格別問題とならないが、地方公共団体の職員派遣の目的が派遣先団体の業務を援助・補助し、派遣先において地方公共団体の職員の専門的知識・能力を活用することにある場合には、地方公共団体の職員は全体の奉仕者として公共の利益のために勤務しなければならない(地方公務員法三〇条前段)ことに照らして、派遣先団体の行う業務が公共性の高いものであることを要し、例えば純然たる営利企業への派遣は、右派遣目的の下には許されないと解するのが相当である。また、派遣の目的がいずれの場合であっても、法令の規程(例えば地方公務員共済組合法一八条一項など)により派遣先団体の業務が当該地方公共団体の事務に転化したものといえるか、または派遣先団体が当該地方公共団体の行政組織に属する場合でない限り、公務の秩序を明らかにする観点から、地方公共団体の職員の職務専念義務との関係で派遣方法の適否が問題となるものと解される。
2(一) 本件において、被告の企図したところは、振興センターが営利事業により諸経費を捻出することが困難であるところから、村職員の派遣により振興センターの職務執行体制を充足すること(乙一一)にあり、村職員の能力開発等の研修目的ではないことは明らかである。
(二) そこで、村職員の派遣先である振興センターの業務の公共性等について検討する。
振興センターの設立の趣旨及びその事業内容は、争点3において認定したとおりであるから、楢川村の商工行政に関係を有し、その事業計画の策定及び実施には楢川村との協力体制を要するものであること、振興センターの寄付行為三条によれば、地場産業振興による経済的波及効果について述べたものではあるが、地域住民の生活向上と福祉の増進も法人の目的に掲げられている(乙一二)ことなどに照らして、振興センターの行う業務は、公共性が高いものであるということができ、したがって、楢川村が振興センターに対し、補助金交付等の金銭的支援以外に人的支援をも行う公益上の特別の必要性が認められる。
すなわち、特産物等の保護奨励その他産業の振興に関する事務(地方自治法二条三項一三号)が地方公共団体の事務とされている趣旨に照らして、地域の産業の振興・活性化も行政目的の一であると解されるから、楢川村が振興センターの業務を援助・補助する目的で村職員を派遣し、振興センターにおいて当該職員の専門的知識・能力を活用することに違法な点は認められない。
3 次に、本件出向命令による派遣方法の適否について検討する。
振興センターの事業内容は、前記のとおり、木工芸品等の各種調査研究、新商品及び新デザインの開発、これらの成果発表等多岐にわたり、また、本件出向命令に基づいて楢川村から振興センターに派遣された村職員らは、振興センターの総務部長兼総務課長及び事業部次長兼企画開発課長等の職務を担っている(乙一四)ものであり、非収益部門への配置ではあるが、振興センターの幹部職員として広範な業務を行っているものと解される。そして、右事業は楢川村が事業主体として行っているものでなく、振興センターが楢川村の行政組織に属するものでないことは弁論の全趣旨から明らかであるから、振興センターの業務を楢川村の事務と同一視することはできないものというべきである。
右事実によれば、本件の派遣職員は、被告による職務命令である本件出向命令に従えば、楢川村の事務に専念することができなくなる立場となるから、本件出向命令に基づく村職員らの派遣は、当該職員の職務専念義務(地方公務員法三五条)との抵触を生ずることになる。
右法条は、本来、地方公共団体の職員に義務を課す形式の規定であり、地方公共団体に直接の拘束を課す形式とはなっていないが、地方公共団体が職員に対し右職務専念義務に反するような行動をさせる措置をとることは、公務の秩序を混乱させる結果となり、右法条及び地方自治法二条一五項の趣旨に照らして違法となるものと解するのが相当である。
したがって、地方公共団体が当該団体の事務以外の業務を行う法人その他の団体へ職員を派遣し、その業務に従事させることは、職務専念義務違反の問題が生じないような措置がとられた場合にのみ許されるといえる。
右措置の内容としては、当該職員を一旦退職させ、又は派遣期間中休職とし、あるいは地方公務員法三五条に基づく条例によりその職務専念義務を免除することが考えられ(単に職務命令のみによって前記のような派遣を行うことは許されないというべきである。
この点について、被告は、村職員の職務専念義務を免除することは本件では適当でないと主張するが、その趣旨は、職務専念義務免除に関する条例は、一般に、長期にわたって派遣先の業務に従事し、その結果として長期間地方公共団体の職務に従事しないことになるような場合を想定したものではないという点にあると考えられる。しかしながら、他団体への職員の派遣の必要性がある場合に、派遣される職員の身分・処遇の保障を考慮するとすれば、職務専念義務免除に関する条例の運用により前記措置をとることは、全く適切であるとまではいえないが、法令上可能であり、かつ、妥当な方法であると解するのが相当である。
以上によれば、本件出向命令は、公共性の高い業務を行う振興センターに村職員を派遣すること自体は許されるとしても、派遣方法として、当該村職員の職務専念義務違反の問題が生じないような措置をとることなく発せられた点において違法であるといわざるを得ない。
4 本件給与支給決定の原因行為である本件出向命令は、右のとおり違法であり、また、本件給与支給決定は、前記のように楢川村の事務以外の業務を行う振興センターに派遣された職員が専らこれに従事し、楢川村の事務を担当しなかったにも関わらず、その給与の全額を支給したものであるから、常勤職員に給与を支払うべきことを定めた地方自治法二〇四条一項及び職員の給与はその職務と責任に応ずるものでなければならないとする地方公務員法二四条一項に反するものであり、違法な公金の支出にあたるというべきである。
5 そして、右のような違法な措置の是正がなされることのないまま、違法な本件給与支給に代えて行われた本件補助金交付は、一般的な公益上の必要性があるとしても、なお違法な公金の支出になるといわなければならない。
六 争点6(本件補助金交付に関する被告の義務違反の有無)について
1 地方自治法二四二条の二の規定に基づく代位請求に係る当該職員に対する損害賠償請求において、当該職員の財務会計上の行為をとらえて損害賠償責任を問うことができるのは、たとえこれに先行する原因行為に違法事由が存する場合であっても、右原因行為を前提としてなされた当該職員の行為自体が財務会計法規上の義務に違反する違法なものであるときに限られると解するのが相当である。
2 被告は、右の点について、本件出向命令及び本件給与支給決定は、楢川村にとって必要かつ止むを得ない措置であったから、本件補助金の支出命令についても被告の財務会計法規上の義務違反は存しないと主張する。
しかしながら、振興センターへの村職員の派遣の必要性と派遣方法の適否の問題は別個であり、被告は、振興センターの理事長でもあるのであるから、振興センターの業務内容は十分承知しているものと考えられ、本件出向命令が派遣職員の職務専念義務との抵触を生ずるものであること、右抵触を避けるための措置を職務専念義務免除に関する条例の運用等により行うことが可能であったこと並びに本件給与支給決定が楢川村の事務を担当しない職員に給与の全額を支給する結果になることも認識できる立場であったと解するのが相当である。したがって、本件出向命令及び本件給与支給決定は、楢川村にとって必要かつ止むを得ない措置であったとはいえないというべきである。
3 また、前記1の解釈の結果、先行する原因行為に違法事由が存するにも関わらず財務会計法規上の義務違反がないといえるのは、独立した権限を有する行政執行機関の行った処分が著しく合理性を欠き、そのためこれに予算執行の適正確保の見地から看過し得ない瑕疵があるとまではいえず、右処分を尊重し、これに応じた財務会計上の措置をとることを拒めない等の事情がある場合であると考えられるところ、本件においては、本件出向命令及び本件給与支給決定は被告の専決行為であるばかりでなく、既に認定した原告による本件給与支給決定に対する措置請求、被告の楢川村議会に対する説明及び新要綱の改正内容等に照らして、被告自らの判断によって本件給与支給に代えて本件補助金交付を行ったことは明らかであるから、被告に本件補助金交付に関する財務会計法規上の義務違反があったというべきである。
4 なお、地方公共団体に求められる事務の範囲が時代の要請により拡大しつつあり、他団体への職員の派遣の必要性がある場合も多く見られるにも関わらず、第三セクターへの職員派遣の法的根拠ないし適切な職員派遣制度が未だ確立しているとはいえない現状にあることが弁論の全趣旨から認められるが、それゆえに職員派遣に関する地方公共団体の長の財務会計法規上の義務が軽減されるわけではなく、一般的には、派遣先の職員の給与は、提供された労務の対価として派遣先が負担するのが合理的であることをも考慮しつつ、地方公共団体の財務の適正確保の見地から可能な限り適切妥当な措置をとるべき義務が課せられているというべきである。
第四 結論
以上のとおり、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 前島勝三 裁判官 杉山愼治 忠鉢孝史)